ある日、会社に一通の封筒が届きます。差出人は年金事務所。思い当たる節もなく開封すると、そこには【調査】の文字が・・・

はじめに

近年、社会保険制度の適用範囲が段階的に拡大されており、それに伴い企業に対する年金事務所の調査件数も増加傾向にあります。これは、適用漏れの防止や保険料徴収の適正化を目的とした行政的措置であり、企業の労務管理体制に対する実質的な監査機能を果たしているといえます。調査は単なる書類確認にとどまらず、企業の運用実態を把握するためのヒアリングや、場合によっては実地検証も含まれるため、企業側には相応の準備と最新法制度への理解が求められます。本稿では、年金事務所調査の概要、社会保険適用拡大の背景と影響、そして調査で指摘されやすい項目について整理し、企業が留意すべき実務的ポイントを紹介します。

1. 年金事務所調査の概要

年金事務所調査は、厚生年金保険法第100条および健康保険法第198条に基づき、適用事業所はもちろんのこと、未適用事業所に対しても実施されます。日本年金機構発表の令和6年度取組状況によると、年間の調査対象目標数は10万事業所、被保険者498万人であり、優先度を踏まえた選定との言及はあるものの、具体的な基準について公表はされていません。この調査は、主に以下の形式で行われます。

  • 郵送調査:企業が必要書類を郵送(または電子申請)し、年金事務所内で確認が行われる。補足説明が必要な場合は電話等で対応。
  • 持参調査:企業担当者が年金事務所に出向き、必要書類を提出の上、ヒアリング。問題点はその場で指摘。
  • 訪問調査:年金事務所職員が企業を訪問し、書類確認およびヒアリングを実施。

調査通知は予告なく送付されることが多く、対象は全従業員(正社員・契約社員・パート・アルバイト・役員を含む)となっています。調査対象期間は原則として過去2年間分ですが、これは保険料の時効に準じたものとなっているからです。調査では、調査書への回答のほか、雇用契約書、賃金台帳、出勤簿、所得税徴収高計算書などの書類が求められ、整合性の確認が重視されます。

2. 調査に影響を与える社会保険適用の拡大

2022年および2024年の法改正により、社会保険の適用対象が拡大されました。特に「短時間労働者」に対する適用要件が緩和され、パートタイマーやアルバイトの所定労働時間および所定労働日数が通常の労働者の4分の3未満であったとしても、以下の条件をすべて満たす場合には、厚生年金保険および健康保険への加入が義務付けられることとなりました。

【短時間労働者の社会保険適用条件】

  • 所定労働時間が週20時間以上
  • 所定内賃金が8.8万円以上(賞与等の臨時の賃金、割増賃金、通勤手当等は含めない)
  • 雇用期間が2か月を超える見込み(契約更新の可能性がある場合も含む)
  • 学生でないこと(夜間・通信制・定時制は対象)
  • 常時雇用労働者(厚生年金被保険者)が51人以上の事業所

この改正により、パート・アルバイトを中心とした「短時間労働者」の加入漏れが調査対象となるケースが増加しています。特に、契約上は週20時間未満でも、実態として週30時間以上勤務している場合は加入義務が生じ、企業は実態把握と記録管理を徹底する必要があります。また、これにとどまらず今後も段階的な適用拡大は継続し、2035年以降は常時1人以上を雇用する事業所で、短時間労働者の加入が義務化される見込みです。

3. 調査で指摘されやすいポイントとは

年金事務所調査においての主な指摘ポイントは、次の通りです。

      社会保険未加入者の存在

      パートやアルバイトだから加入不要と思っていたが、実は加入条件を満たしている場合、または、正社員の所定労働時間の3/4以上勤務しているにもかかわらず未加入である場合は、指摘対象となる。契約上の労働時間ではなく実態に基づいた判断が行われるため、出勤簿やシフト表の整合性が重要となる。また、試用期間中の従業員・勤務実態を伴う役員報酬者・外国人労働者の本人希望による未加入といったケースも、加入義務があると判断されうる。

      月額変更届の未提出

      昇給・降給など給与の変動があったにもかかわらず、月額変更届(随時改定)が提出されていない場合、標準報酬月額の不適正が指摘される。これにより、保険料の過不足が生じる可能性がある。

      賞与支払届の未提出

      賃金台帳に賞与支給の記載があるにもかかわらず、賞与支払届が未提出である場合も指摘対象となる。特に、臨時手当や年末年始手当、入社祝い金、報奨金などが賞与とみなされる場合があるため、注意が必要である。

      定時決定の漏れ

      算定基礎届の提出漏れや対象者の誤認により、定時決定が適正に行われていない場合も指摘される。これにより、標準報酬月額の算定に誤りが生じ、保険料の徴収に影響を及ぼす。

      書類不備・整合性の欠如

      雇用契約書、賃金台帳、出勤簿、源泉徴収票などの書類間で整合性が取れていない場合、虚偽申告や手続き漏れの疑いが生じる。特に、所得税徴収高計算書の人数と賃金台帳の人数が一致しない場合は、未加入者の存在が疑われる。

      4. 実務上の対応と予防策

      調査に備え、企業は常日頃より以下のような対応策を講じることが望ましいと言えます。

      • 定期的な労働時間の実態把握:契約上の労働時間と実態が乖離していないか確認する。特に短時間労働者の勤務実態を正確に把握することが重要。
      • 給与変動の記録と届出:昇給・降給の都度、月額変更届を提出する。給与改定の履歴を明確に残すことが求められる。
      • 賞与の定義と管理:臨時手当等が賞与に該当するかを判断し、必要に応じて賞与支払届を提出する。支給目的や時期によって賞与と判断されるケースがあるため、慎重な判断が必要。
      • 書類の整備と保管:雇用契約書、賃金台帳、出勤簿等を整備し、整合性を保つ。電子化されたデータも含め、定期的なチェックを行うことが望ましい。
      • 社内教育の実施:人事・労務担当者に対して、社会保険制度の理解を深める研修を実施する。制度改正の都度、最新情報を共有する体制づくりが重要。

      おわりに

      昨今の社会保険の適用拡大に伴い、日本年金機構(年金事務所)は各行政機関と連携を図り、「国税源泉徴収義務者情報」「雇用保険被保険者情報」「労働基準監督署の提供情報」といった情報を活用して調査にあたっています。調査から逃れるすべはないといってもよいでしょう。一見すると恐ろしい印象ですが、しかし調査で問われることは、健全な労務管理を行っているか否か、というシンプルなことです。調査方法や指摘ポイントを予め把握し、法令に則した労務管理と適正な記録ができていれば、必要以上に恐れることはないということです。また、調査を経ることで、法令遵守の姿勢を内外に示す契機とすることもでき、企業価値を高め、雇用する従業員の社会保障の充実に寄与することにつながります。

      年金事務所調査を意識した労務管理は、“定期健康診断”を念頭に“健康な身体作り”を行うようなもの、といえるのではないでしょうか。ぜひ制度理解と実務対応の両面から備え、適正な手続と記録管理に留意していただき、健全で末永い事業運営の一助としていただければと思います。また、ご相談いただければ、御社に寄り添い、より具体的なアドバイスをさせていただきます。お気軽にお問い合わせください。

      社会保険適用拡大 特設サイト|厚生労働省

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