有給休暇(年次有給休暇)は、労働者にとって健康を維持し、仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)を図るための重要な権利です。日本の労働基準法では、一定の条件を満たした労働者に対し、有給休暇の取得が保障されています。しかしながら、忙しい業務や職場環境等の事情により、有給休暇をすべて消化できずに失効してしまったり、退職を迎えるケースも少なくありません。こうした未使用の有給休暇に対して、企業が買い取り(現金支給)を行うことがありますが、法的には一定の制限や条件があります。今回は、有給休暇買い取りの制度や背景、企業での運用事例、注意点などについて詳しく解説します。
有給休暇の買い取りの原則
労働基準法において、買い取りは原則として禁止されています。これは、労働者の健康保持や生活の質向上のためには、休暇を「取得すること」に本来的な価値があるとされているからです。
また、労働者が有給休暇の取得を望んでいるにもかかわらず、会社が「買い取るから休まなくてよい」とするような対応は、労働基準法に反することになります。
有給休暇は、あくまで「休暇」であり、労働から離れて心身の疲労回復やリフレッシュを図るための時間として制度設計されています。
買い取りが許容されるようになると、制度本来の目的である「休養の確保」が損なわれてしまうため、法律上も厳しく制限されています。
例外的に認められる買い取り(任意)
しかしながら、例外的に以下のようなケースでは買い取りが認められる場合がありますが、これはあくまで会社の裁量であり、義務ではありません。
① 時効によって消滅した有給休暇を買い取る場合
有給休暇には2年間の時効があります。つまり、付与された日から2年間取得しなかった場合、その有給休暇を取得する権利は消滅してしまいます。この消化しきれずに時効消滅した有給休暇については、労働者との合意に基づき、任意で買い取ることは法令上問題ないとされています。
②退職時に未消化の有給休暇が残っている場合
退職の際は、残っている有給休暇を全て消化する事が望ましいですが、業務の都合等で退職日までに消化しきれないケースもあります。
有給休暇は、会社に在籍している人のみが取得できる権利であり、退職後は有給休暇を取得する機会がなくなるため、会社との合意による買い取りは、労働者の権利保護の観点から一定の合理性があり広く実務上認められ、違法とはされません。
③法定日数を超える有給休暇を付与している場合
会社が就業規則等の定めにより、法定以上の有給休暇(例:法定20日を超える日数)を付与している場合は、その超過分については買い取りの自由があります。これは法定外の付与であり、会社の裁量に委ねられるためです。
実務上の留意点
就業規則等での整備
労働者から「有給休暇を買い取ってほしい」と申し出があっても、前述のとおり会社は買い取りに応じる義務はありません。
ただし、就業規則等に「時効・退職により期日までに取得することができない有給休暇があるときは、会社がこれを買い取る」と明記している場合は、会社が買い取る義務が発生します。
有給休暇の買い取りに関する制度を導入する場合、会社としては、就業規則等に明記しておくことが望ましいです。
買い取りの条件(退職時のみ、法定外のみなど)を定めておくことで、労働者との認識の齟齬を防ぎ、トラブルの防止につながります。
買い取り金額の算定方法
買い取りは法律を超える取り扱いのため、買い取り額は自由ですが、一般的に使われている計算方法は以下の通りです。いずれを採用するかは、会社の慣行や就業規則等の定めにより異なります。
・通常賃金方式(月給を所定労働日数で割る) 例:月給30万円 ÷ 20日 = 1日あたり15,000円
・平均賃金方式(直近3ヶ月の総賃金 ÷ 総暦日数)例:90万円 ÷ 91日 = 9,890円
・標準報酬月額方式(社会保険の等級に基づく) 例:月額30万円 ÷ 30日 × 日数 = 1日あたり10,000円
・定額方式(雇用形態ごとに一律設定)例:パートは1日3,000円、正社員は1日10,000円など
税務上の取り扱い
有給休暇買い取りによる支給額は、給与に上乗せして支払った場合は給与所得に該当するため、源泉所得税の対象となります。
また、退職所得扱いとする場合は、退職所得控除が適用されます。会社側は、税務処理の区分を明確にしたうえで支給を行う必要があります。
メリットとデメリット
労働者にとってのメリット
・未消化の有給休暇が無駄にならず、金銭的補償を受けられる
・退職後の生活資金に充てられる
・精神的にも納得感が得られる
会社にとっての注意点
・就業規則等に記載がない場合、制度設計や個別対応が必要
・他の従業員との公平性の担保が求められる
・有給休暇取得の奨励とのバランスが難しい(買い取りが常態化すると取得抑制の懸念も)
今後の動向と制度設計の工夫
2019年4月施行の労働基準法改正により、企業は従業員に年5日の有給休暇を取得させることが義務化(年10日以上の有給休暇が付与される場合に限る)されています。
政府は、働き方改革の一環として休暇取得の促進に注力し、買い取りよりも「取得」を推奨する動きがあります。
一方で、柔軟な働き方や、雇用形態の多様化が進む中で、退職時の補償制度として買い取りを選択する企業も増加傾向にあります。
まとめ
有給休暇は「休む権利」であり、買い取りは原則として禁止されていますが、例外的に認められるケースについて説明させていただきました。 有給休暇の買い取り制度は、退職時の労働者等に対して金銭的補償を行う有用な手段である一方、制度設計・運用には法令遵守や公平性、税務対応などの配慮が求められます。 労働者の権利を尊重しながらも、働き方の多様性や、業務の都合や個人の事情に応じ、柔軟な制度構築が必要とされる時代に入っています。