「自転車に、乗れば、あなたもドライバー」

先日、外出先でバスに乗った時、このような車内アナウンスを耳にしました。近年の自転車の運転マナーの悪さや、自転車による交通事故が社会問題化していることを背景に、2026年4月からは自転車の交通違反取り締まりが更に強化されることになっています。

もしも、通勤途中に自転車事故を起こした場合、従業員や会社にはどのようなリスクがあるのでしょうか。

1.自転車通勤中のケガは労災保険で治療を受けられる?

通勤中の事故でけがをした場合、労災保険を使って治療を受けることができます。しかし、事故の状況によっては思わぬ費用負担が発生することがありますので注意が必要です。具体的には事故の相手(第三者)がいる場合、「第三者行為災害」という特殊なケースになりますが、この場合は以下のようになります。

  • 従業員の治療費は労災保険から支払われる
  • 事故の相手のケガも、相手が通勤中であれば労災保険から治療費が支払われる
  • 従業員に過失がある場合は、その過失割合に応じて、相手に支払われた保険給付の一部または全部が労災保険(政府)から請求されることがある

2.第三者行為災害とは

第三者行為災害とは、業務中または通勤途中の災害が、第三者(被災労働者、事業主、政府以外の者)の行為によって生じた災害を指します。簡単に言うと、仕事中や通勤中に、誰か他の人が原因でケガをしたり病気になった場合です。例えば、

  1. 自転車走行中に道路脇の段差を上がりきれずタイヤが滑って転んでケガをした
  2. 自転車走行中に歩行者と接触して転んでケガをした

上記の1ではそのケガ(災害)は自分の行為が原因なので、第三者行為災害ではありません。2は、歩行者が原因で転んで負ったケガなので、第三者行為災害に該当します。第三者行為災害では、被災者は第三者(歩行者)に対して損害賠償請求権を取得すると同時に、労災保険に対しても保険給付の請求権を取得することになります。しかし、同一の事由について、重複して損害の補填を受けることはできません。また基本的には第三者が損害の補填を行うべき、とされているため、

  • 被災労働者に対して、先に労災から保険給付が支払われたとき:その価額の範囲内で、労災保険から第三者に対して請求が行われる
  • 先に被災労働者が第三者から損害賠償を受けたとき:その価額の範囲内で労災保険の給付が行われない

ということになっています。この第三者行為災害に該当する通勤労災事故で、労働基準監督署から費用請求通知が届いた事例をご紹介します。

Aさんが通勤途中、コンビニ脇の通用路から道路に出たところ、右方向から直進してきた同じく通勤途中のBさんと接触しました。Aさんは転倒による打撲、Bさんはスピードが出ていたことで骨折となりました。Aさん、Bさんともに労災保険から治療費の給付を受け、お互い自分の治療に対する負担はありませんでしたが、後日、労働基準監督署からAさんに対して、Bさんの治療費請求が届きました。(請求額は過失割合を考慮した上で、Bさんの治療費からAさんの治療費を除いた額)Bさんは手術、入院を要したので治療費は高額になっており、100万円を超える請求額でした。

3.会社側のリスク

通勤中の従業員の過失により交通事故が起きた場合、民法715条の使用者責任により、会社も被害者から損害賠償を請求されるリスクがあります。使用者責任が認められる重要なポイントは、業務執行性の有無です。通常、従業員が通勤にのみ自転車を使用する場合、通勤途中の交通事故について業務執行性が認められるということはありません。しかし、通勤に使用している自転車を業務でも利用していた場合は業務執行性が認められ、使用者責任が問われる可能性が高くなります。例えば、自転車通勤の従業員に、その自転車を利用して別の事務所までおつかいに行ってもらう、近くの郵便局で会社の郵便物を投函してきてもらう、といったことは業務執行性があると考えられます。

なお自転車による交通事故でも、自動車事故に匹敵する重大な損害が生じることもあります。例えば、神戸地方裁判所平成25年7月4日判決では、11歳の児童が運転する自転車と62歳の歩行者が衝突し、歩行者が寝たきりの後遺障害(後遺障害等級1級)を負った事案について、その損害額を9,500万円としています。

4.自転車通勤を認める際の留意点

会社のリスクを最小限にするため、自転車通勤を認める際は、次の3点に留意して自転車通勤規程を作成するのがよいでしょう。

許可制にする

無制限に自転車通勤を認めることを避け、会社の承認を受けた者に限り自転車通勤を許可する運用にします。

保険加入を義務化する

個人賠償責任保険に加入していれば、万が一事故が発生した場合でも、保険金によって賠償することが可能です。1億円以上の保険加入が望ましいでしょう。なお、自動車保険の特約として、保険金額が無制限となる保険商品もあります。

安全講習を義務化する

自転車による交通事故を防止するには、交通ルールを守り、危険な運転をしないように注意するしかありませんが、自転車の場合、どうしても遵法意識が薄れがちです。そのため自転車運転のルールやマナー、近年の自転車事故の事例などについて、講習を受けることを義務づけるのがよいでしょう。

「東京都自転車の安全で適正な利用の促進に関する条例」においては、一般事業者に対し、自転車通勤をする従業員への研修等の実施を努力義務として定めています。

まとめ

通勤は、従業員が事業所での労務提供義務を履行するための前段階の行為ですので、業務ではありません。したがって通勤中の責任は基本的には従業員にあります。とはいえ、従業員に多額の賠償責任が生じた場合、会社は従業員から相談を受けることも考えられますし、事故を起こした従業員が業務に集中できない状況を作り出すことにもなりますので、会社にとってマイナスとなります。会社として自転車通勤を認める際は、自転車通勤規程を作成し、「許可制」「保険加入必須」「安全講習受講を義務付ける」といったことを明文化し、リスクに備えることが必要です。

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