2025年6月、東京の真夏日日数が観測史上最多記録となる等、全国各地暑い日々が続いております。今後も猛暑の常態化が予想される中、2025年6月1日から労働者安全衛生規則(以下「安衛則」という)が改正され、従業員が熱中症を発症するおそれのある作業を行う場合、企業に対して熱中症対策が罰則付きで義務付けられることになりました。今回はその実務上のポイントについてお伝えいたします。
1.義務化の対象となる作業とは?
今回の義務化が適用される「従業員が熱中症を発症するおそれのある作業」とは、以下の条件を満たす作業です。
- WBGT値28度以上または気温31度以上の環境で行われる作業
- 連続1時間以上または1日4時間を超えて実施が見込まれる作業
従来の安衛則では「多量の発汗を伴う作業場において塩および飲料水を備える」(安衛則617条)とされつつも、その「多量の発汗を伴う作業場」の定義が曖昧でした。今回の改正(612条の二)ではそれが明確化された形ですが、その一方であまり聞き馴染みのない「WBGT値」というキーワードが登場しています。
この「WBGT値」とは「暑さ指数」とも呼ばれるもので、Wet Bulb Globe Temperature(湿球黒球温度)の略称です。湿球・黒球・乾球という3種の特殊な測定装置を用いて測ることが出来るのですが、要するに、湿度や輻射熱等、気温の他にも熱中症の要素となる条件を加味して、作業場の危険度を数値化して表わしています。このWBGT値が28度以上であれば、例え気温が31度未満でも、熱中症に対して「厳重警戒」が必要となるのです。
WBGT値については、据え置き型の本格的な装置のほか、ポータブルな形状のものもありますので、是非、各現場へ導入をお勧めします。それが現実的には難しいという場合には、環境省の熱中症予防情報サイトにて地域別のWBGT値を確認することも可能です。(https://www.wbgt.env.go.jp/wbgt_data.php)
サイトでは時間毎のWBGT値の他、3日間の予測も掲載されていますので、この情報をもとに、WBGT値が基準値を超える時間帯には、身体的な負担が少ない作業内容や作業場に変更したり、そもそもの作業時間を短縮させるなど、作業計画の各種変更を検討することが求められます。
2.義務化の具体的な内容は?
上記の条件に該当する「従業員が熱中症を発症するおそれのある作業」を行う場合には、①熱中症患者が生じた際の報告体制の整備と周知、および②熱中症の症状悪化を防止するための手順の整備と周知をしなければいけない、というのが今回の義務化の内容です。それぞれ安衛則には具体的に、以下のように定められています。
- 事業者は、暑熱な場所において連続して行われる作業等熱中症を生ずるおそれのある作業を行うときは、あらかじめ、当該作業に従事する者が熱中症の自覚症状を有する場合又は当該作業に従事する者に熱中症が生じた疑いがあることを当該作業に従事する他の者が発見した場合にその旨の報告をさせる体制を整備し、当該作業に従事する者に対し、当該体制を周知させなければならない。
- 事業者は、暑熱な場所において連続して行われる作業等熱中症を生ずるおそれのある作業を行うときは、あらかじめ、作業場ごとに、当該作業からの離脱、身体の冷却、必要に応じて医師の診察又は処置を受けさせることその他熱中症の症状の悪化を防止するために必要な措置の内容及びその実施に関する手順を定め、当該作業に従事する者に対し、当該措置の内容及びその実施に関する手順を周知させなければならない。
(安衛則第六百十二条)
厚生労働省の統計によると、職場における熱中症による死傷者数は、10年前は400人ほどだったのに対し、今では1,000人超という数字となり、死亡者数も3年連続で30人を超えています。その死亡事故のほとんどは発見の遅れ(すでに重篤化した状態で発見)や異常時の対応の不備(医療機関に搬送しない等)が原因と分析されており、今回の改正による対策の強化で、このような災害を未然に防いでいくことが求められています。
厚生労働省から今回の義務化の内容である、①報告および②対処のフローが示された、参考資料が出されておりますので、このようなフォーマットを参考にしつつ、それぞれの現場に適した体制を整えていきましょう。
ご参考3.まとめ
実効性のある熱中症対策を取るためには、事業主側だけではなく、従業員側にも、その重要性をしっかり理解してもらった上で、実際に行動に移してもらうことが必要です。
厚生労働省のホームページでは、『働く人の今すぐ使える熱中症ガイド』という資料に、熱中症対策の重要性や、熱中症の症例、各種対応が大変分かりやすくまとめられています。多言語展開もされていますので、従業員に配布する等して活用することをお勧めします。(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000116133_00001.html)
今回の改正で、熱中症対策を怠った場合には、6か月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金が科される可能性が出てきました。ただ、罰則云々以前に、熱中症で大切な従業員を失ってしまうことが、事業にとって、そして一緒に働く従業員にとって、何よりも大きな痛手であるはずです。 例え一命を取り留めたとしても、熱中症が重症化した場合には腎機能や肝機能に障害が残ることもあり、以前のように働けなくなってしまう可能性があります。もしかしたら、なんとか仕事を完遂しようとして働く、真面目な従業員ほど無理をしてしまうかもしれません。そのような事態が起きないよう、本人はもちろん周囲の人間がいち早く気付き、対処することで、熱中症事故を防ごうというのが今回の改正の主旨ではないかと思いますので、積極的な取り組みをお勧めします。