はじめに
私たちが日常生活の中で「労働者」という言葉を耳にする場面は多くあります。たとえば、新聞記事で「労働者の権利が守られていない」といった文脈で使われたり、テレビのニュースで「外国人労働者の受け入れ問題」が取り上げられたりすることもあります。こうした場合の「労働者」とは、何らかの形で働いている人、つまり「仕事をしてお金をもらっている人すべて」を指しているように思えます。
また、学生アルバイト、パートタイマー、派遣社員、正社員、契約社員、自営業者など、さまざまな働き方をしている人が「労働者」と呼ばれることがあります。しかし、これらすべての人が法律上の「労働者」として扱われるとは限りません。労働基準法では「労働者」という言葉に定義が設けられており、それに当てはまるかどうかによって、法律上の保護や権利の対象になるかが決まってきます。今回の労務コンパスでは、労働基準法における「労働者」の定義とその特徴について、わかりやすく説明していきます。
労働者の定義
労働基準法第9条には、「労働者」の定義が明記されています。具体的には、「この法律で『労働者』とは、職業の種類を問わず、事業または事務所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう」と定められています。つまり、労働基準法における「労働者」とは、
- ある事業者(他人)の指揮監督下で使用されて労務提供している(指揮監督下)
- その労働の対価として賃金をもらっている(賃金支払い)
という2つの条件を満たしている人を指し、2つの基準を総称して「使用従属性」があると言います。
この定義からわかるように、単に働いてお金をもらっているからといって、すべての人が労働者に該当するわけではありません。たとえば、自営業者や業務委託契約で働いている個人事業主は、基本的に「労働者」には含まれません。なぜなら、彼らは「使用されている存在」ではなく、自らが事業を行っているからです。
また、労働者は働き方や契約形態に応じてさまざまに分類されます。たとえば、正社員・契約社員・パートタイマー・派遣社員といったように、働く時間や給与体系など雇用契約の内容によって分類されますが、上記1と2の条件を満たしていれば、いずれも労働基準法の保護対象になります。
指揮監督下にあるかどうか
労働者かどうかを判断するうえで特に重要なのが「指揮監督下にあるか」という考え方です。これは、働く人が雇い主の指揮命令のもとで仕事をしているかどうか、つまり「誰かに従って働いているかどうか」を見る指標です。たとえば、ある人が会社に出社して、決まった時間に決まった仕事を与えられ、上司の指示に従って働いている場合は、指揮監督下にあると判断されます。こうした場合、その人は「使用されている」と見なされ、労働者に該当します。
指揮監督下にあるかどうかを判断する際には、次のような要素が考慮されます。
- 勤務時間や場所が指定されているか
- 上司や会社の指示に従って業務を行っているか
- 勤務態度などに対して評価や懲戒があるか
- 労働の代替性があるか(自分の代わりを立てられるか)
- 道具や設備を会社側が提供しているか
こうした複数の要素を総合的に見て、その人が「労働者」であるかが判断されます。
一方、フリーランスや業務委託の人は、基本的には自分の裁量で働き、仕事の方法や時間も自分で決めますので、「指揮監督下にない」と判断され、原則として労働基準法の「労働者」には含まれません。
しかし、近年では「名ばかりフリーランス」と呼ばれるように、形式上は業務委託でも実態は労働者のように働いているケースがあり、個別に判断が必要とされています。
労働の対価として報酬が支払われているかどうか
労働基準法上の「労働者」であるためには、労働の対価として報酬が支払われていることも重要な条件です。報酬とは、雇い主から支払われる賃金のことです。そのためボランティア活動や、好意によるお手伝いのように、報酬が支払われない労働に従事する人は、労働者には該当しません。
おわりに
近年、日本では働き方の多様化が進んでおり、正社員以外の働き方が増えています。パートタイマーや契約社員、派遣労働者に加えて、フリーランスやギグワーカーと呼ばれる働き方も広がりを見せています。こうした中で、労働基準法上の「労働者」の範囲や定義の見直しが求められる場面も出てきています。
国もフリーランスや個人請負型の働き手に対する保護を検討する動きを進めており、2024年にはフリーランスに関する新たな法律(フリーランス新法)が施行され、労働基準法の枠組みに入らない働き手にも一定の保護が及ぶようになりました。また、フリーランス新法以外でも「労働者性」という考え方そのものが、多様化した現代に対応出来ているのか見直しが検討されています。
今後、テレワークや副業の増加、AIやデジタル技術の進化などにより、働き方はさらに多様化していくことが予想されます。法律上の「労働者」という定義は、単なる言葉の問題ではなく、働く人々がどこまで法律によって守られるかを決定づける大きな意味を持っています。そのため、現行の「労働者」とは誰を指し、権利や保護の枠組みを適切に把握することが、今後の動向をつかむためにも重要になってくるでしょう。